スピリチュアルな生き方 | Rue CIEL

スピリチュアルな生き方


この記事は、2009年8月31日にブログに掲載した記事に加筆修正を施し、再掲しております。


いきなり質問です。

あなたは、どんなふうに生きたいですか?

私は、スピリチュアルに生きることができたら、幸せだなあ、と思います。

さて、では、「スピリチュアル」とはどういう意味なのでしょう。

精神世界とのつながり?
天使など、高次の存在と話したりすること?
三次元とは違う、霊的な見えない別の世界につながること?
別の次元で仲間と集ったりすること?
自分の現実はおいておいて、世界の平和を夢想すること?
過去の自分が何者だったか確認し、あのときはこうだったと懐かしむこと?

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると、

スピリチュアル(spiritual) とは、 material (「物質的な」あるいは「肉体的な、官能的な」)に対し、「霊的な、精神的な、神聖な」と言う意味で、形容詞形のほか「霊的なこと(もの)」と言う意味の名詞形でも使用される。霊性の意味を表す。スピリチュアリティも参照せよ。

スピリチュアリティ(Spirituality、霊性)とは、霊魂などの超自然的存在との見えないつながりを信じるまたは感じることに基づく、思想や実践の総称である。 物質的には科学的根拠はないが、心理学、宗教学、文化人類学においては学術的意義が深いテーマである。

ということですが、こういう説明を読んでみると、やはり、「スピやってます。」というのは、怪しい(イっちゃってる)気がしますね

あらためてかんがえてみると、私の考えている「スピ」とはなんとなく違っているような気がします。
確かに、天使だの、見えない世界のことを扱っているという点では、私のやっていることって「スピリチュアル」の分野に入るのだけれど、私にとってそれは、「手段」にしか思えないのです。
少なくとも、上記で説明されている「スピリチュアル/スピリチュアリティ」は、私の考える「スピリチュアルに生きること」の最終目的地ではないですから。

私の考える「スピリチュアルな生き方」とはなんだ、と自問してみました。
「自分自身を知って、自分らしく生きる」
ということのようです。

いくら、見えない存在と繋がったって、天使とお話しできたって、全然すごいことじゃないし、それが最終目標とも思わない。
「スピリチュアル/スピリチュアリティ」は手段に過ぎず、それを使って、「いかに自分らしく生きるか?」ということの方が大事ということではないかと思うのです。
もちろん、必要ない人は、「スピリチュアル/スピリチュアリティ」を使わなくてもいいと思います。
つまり、「自分らしく生きる」ために、「スピリチュアル/スピリチュアリティ」が必ず必要であるかといえば、そうではないと思うのです。

私は、長年英語を教えてきましたが、「高次の存在とお話しする力(「能力開発」とか「メッセージを受け取る」ということも含まれています)」と「英語」って似ているなあと思います。
両方とも、「コミュニケートするための方法を習得する」という部分に重点が置かれがちに感じます。

でも、本当に必要なのは、「その力を使って、なにがしたいか?」という部分。

英語を教えていると、「英語ができるなんて、すごいね!」とよく言われましたが、私自身は「すごい」とは思いません。
そこまで話せるとは思っていないですし、仮にペラペラだったとしても、それだけでは、仕事はできませんから。

「英語ができる=英語圏で働ける」ではないです。
何かほかに、パソコンなり、専門分野なりに、英語の力がプラスされて初めて、英語圏で戦力として通用するのです。

英語があまり得意でなくても、専門的な知識のある人であるならば、英語圏でも仕事はできるでしょう。

「スピリチュアル/スピリチュアリティ」も一緒。

大事なのは、「自分は何者で、この世界でどうやって生きていくのか?」って部分の方が大切だと思います。
そのために、「高次とコミュニケートできる力」を利用してもいいし、もちろん、そんなの利用しなくてもいい。

たぶんね、ある程度のところまで行ったら、「スピリチュアル/スピリチュアリティ」って必要なくなるのかもしれない。

それは、それでいいと思います。

「スピリチュアル/スピリチュアリティ」を通して、自分の生き方を見つけ、「自分らしく生きる」ことができるようになれば、その時は、あれだけ自分が求めていた「スピリチュアル/スピリチュアリティ」ってただの通過点でしかなかったと、わかるのかもしれません。

以前もどこかに書いたのですが、「スピ」はひとつの方法でしかないのです。
いろいろと試行錯誤を繰り返し、たどり着いた場所から振り返ってみれば、「方法」なんてどうでも良かったことに気がつくのかもしれません。

さて、ここで改めてお聞きします。

あなたは、どんな人生を歩みますか?

その答えはあなたの中にちゃんと用意されています。