12月
25
2009
大きな声では言えないけれど
宗教とか原理とかの中には、この世の真実から目を逸らせるために、捏造されたものがある・・・と思う。
そうすることで、人々をその宗教や価値観の中にとどめておくという(そのほかにもいろいろ)目的があったのだろうけれど、それは、結果的には人類の進化を妨げたり、間違った方向へ導いているような気がしている。
巧妙なのは、「うそ」や「捏造」ばかりでなく、「真実」もところどころ混ぜられているので、より真実味があるという点。彼らのバックは、なかなか狡猾。
「うそ」や「捏造」の例はいくつかあるのだけれど、特定の宗教についての批判と取られることもあるだろうから、ブログではちょっといえないけれどね。
今の時代、それが少しずつ明るみに出てきたり、正しい方向へ向かい始めていると感じる。
これが、もっと早く訪れていればよかったのだろうけど、でも、気がつかないよりはましか?
その分、悪あがきをしてがんばっているこれまでの流れや存在もあるので、受け取る情報がすべて真実に基づいているとは限らないのだけれど。(もちろん、真実もミックスされて・・・)
ただ、どれが「うそ」や「捏造」でどれが「真実」なのか・・・
というところが問題なのではなく、
どうやったら、「真実」を感じ取れるようになるのか。
これが問題だと思う。
ただ、「うそ」や「捏造」に気がつくことは、その裏にあるもの(隠された真実)を読み取れるという側面もあるので、無駄ではないけどね。
とても大雑把でなんとも歯切れの悪い記事だけれど、どうか、たくさんの人が真実に辿り着き、正しい方向へ向かって進めるように・・・と、この記事や私がそのヒントになれればよいと願います。