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「そうだ、京都いこう」 旅行メモ2


この日は、実母も子供たちも一緒だったのでツイートする暇もなく、写真もほぼありません。
なので、今日は、あの旅行を振り返りながらまとめていきます。

京都二日目です。 (こちらの記事の続き)

この日は、5年ほど前に訪問した際に行ったことのメンテナンスというか、そんな感じでした。
元々、京都に行かなきゃいけないなーと思っていたのは、このことがあったからで。

その時は、前回やったことの意味など分からなかったのですが、なんとなく行った先、順番等から【扉】を作って開けてきたのかなーと思っていました。

五芒星って、「結界」とよく言われますが、私の中では、壁的なものではなく、どちらかというと「扉」です。
開けたり閉めたりできる、ゲート。
それを、あるものが通り抜けられるように開いてきたのが5年前だったのですが、新しい使い道というか、追加であるもの(たぶん龍)が通れるようにバージョンアップする必要ができ、ついでにメンテナンスを、との目的が、この旅行にはあったようです。(今思うと、どちらがメインなのかわかりませんが)

で、私の本来の役割みたいなものの一つに「橋渡し」というのがあったのですが、いろいろあって中身が変わってるので、元の役割(中身)を拾いに行ったのが一日目だったのだろうな、と今思うと、そんな気がしています。
ええ、怪しい妄想の世界ですが。

そのあと、少し京都を観光する時間ができました。
娘が水琴窟のあるところに行きたいといいましたので、グーグルで探しまして
で、見つけたのがここ。


リンク先のホームページ左上に葵のご紋がありますが、開祖が徳川家康とのこと。

実は、ここ、数週間前から気になってたお寺でした。
素敵なお庭があるところで、紅葉が美しいためか、ポスターもよく目にしていて。
今も、思い出すだけで第4チャクラが開きます。

(こちらの画像はHPから拝借しました)

山門をくぐり、石段を上がったところにある奔龍庭は、天空を自在に奔る龍を石組であらわした枯山水。(ここでも龍 ^^;)。

で、ご本尊が、千手観世音菩薩ということらしいのですが、偶然、私の守本尊でありました。

……いや、偶然では、ないですよね。
彼女が水琴窟の存在を知ったのが江の島だったのも、今になって思えば、偶然ではなかったのかもしれません。
京都に行く前に江の島に行くという伏線の裏には、龍だけでなくここにもあったのですね。

何の知識もなく訪れたお寺でしたが、本当に素敵な場所でした。
水琴窟のほかにも、十牛の庭という、「十牛図」を題材にして池泉回遊式庭園が有名だそうで、紅葉の季節にはまだ少し早かったのですが、本堂の書院から静かに庭を眺める人も結構いらっしゃいました。
お庭が真っ赤に染まるときには、たくさんの観光客でにぎわうのでしょう。

十牛図とは、一言でいうと、人間が悟りを得るまでの過程を十の行程に分けて書かれた絵です。
私の中では、「十牛図」=禅。お茶の世界でも先生から良くお話を伺いました。本堂の一角にも、小さなお茶室が設えてありました。

門をくぐる前からふんわりと漂ってくるお香の香りもまた、非日常のお茶の時間を思い出させ、心を静かに包んでくれます。

庭園にある池は、洛北で最も古い池と言われる栖龍池。ここでも龍が主張してきます。(…もう、わかりましたからって思ったら、なんだかお礼のつもりだったようで)
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奥の竹林は、丸山応挙が良く訪れたのだとか。静謐な空間です。

ほんとに素敵な場所だったので、もっと写真撮ってくれば良かったなあ。と今になって思いますが、多分、また何年後かに訪れることになるのでしょう。

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「そうだ、京都いこう」 旅行メモ1


先日の記事の通り、いろいろとあって、急遽実現した京都旅行。
twitterのつぶやきを拾いながらの旅行メモです。

朝起きてから急遽行くことになったので、家を出たのは10時前。
新幹線に乗って、京都についたら13時過ぎで、実家(ひどく田舎)に帰省することを考えたら、すごく近い感じでした。

適当に予約したホテルについて荷物をおろし、落ち合った実母に子供たちを預け、そのあとの相談をしてから京都駅を出たのが15時ごろ。

目的地はバスや電車を乗り継いでも京都駅から1時間弱はかかります。
急いで行って、急いで帰らねば、と思ってたのですが、…乗換のバスが目の前で行ってしまった!
次のバスは、20分後。思わぬロスです。
辺鄙なところは、一本遅れると、大変なこと、すっかり忘れておりました。
待っている間に、帰りのバスのチェックをしましたら、向こうを出るのが17時19分が乗れそうですので、まあ、それで帰れば、6時過ぎには京都駅に戻れるかな。
そのあとといえば1時間後になるし、これはもう、遅すぎるから、なんとかこれに乗って帰ってこなくてはと、頭の中に時刻表をメモしておきました。

さて、バスに乗って、かなり奥に来ましたが、さらに、乗り換えますよ。

未だ紅葉には早いけれど、空気はひんやりで、マフラーを持ってこなかったことを後悔しました。


バスは、去年からICカードが使えるようになっていたんですね。
私は、バスはとても苦手なのですが、いつも使っているPASMOで乗り降りができるので、両替の心配もなく、多くの方が下りるバス停なのでボタンを押す心配もしなくて良いので、ちょっと気楽。

バス乗り換えて、

赤い鳥居がお出迎えしてくれています。
が、私は、そちらへはむかわず、横の坂道をさらに奥に上がるのです。

いろんなこと考えながら、坂をずいずい上がります。
途中、こんなかわいらしいお出迎えも。

そして、目的地。

ひっそりと静まった誰もいない境内で 本来の自分のカケラを返してもらいます。
胡散臭い? ええ、私も、そう思いますけどね。

でも、終わった後は、なんとなく、視界がクリアになった感じで。

統合するのに少し時間はかかりそうですが、それも含めてこの時期、この時間にここに呼ばれたのだろうなあと思います。

さてさて、後はお気楽にそのあたりを見物して京都駅まで戻りますよー。

なんて、のんきにぶらぶらしつつ、バス停につきましたら、またもや、目の前でバスがいっちゃいまして、ですね…
そういう日だったのでしょうかね。
しかし、そのバス乗らないと、17時19分のバスに乗れないのですよ。

で、しょうがない。待ってる間に戻る方法を検索でも…と思ってスマホをいじったら、

ばちっ

って、画面がブラックアウトしました。
バッテリー残量は30%ほど残っていたはずなのに、電源ボタンを押しても、バッテリー切れの電池の表示で。

まあ、バスの時間、見ておいてよかったー。
ないのはわかっていたので、電車に乗りましたが。
乗換とか全く分からないので、一番メインのコースを選択したのですが、それが、京都市内をバスで縦断というものでしてね。(後から、地下鉄に乗ればよかったと後悔)

夕方のこの時間、えらい渋滞で、難儀しましたわ。
結局、予定より1時間ほど遅れまして、連絡が取れないと母から怒られましたしね。

そういえば、駅に着く直前、何の気なしにスマホの電源を入れてみたら、すんなりONになったのですが、これって、やっぱりなんか理由がありそうだったけど、もう、聞く気にもなれなくて、これだから上の人のやることは…ってちょっとムカッてきたことも、メモとして残しておきます。


ハッピーハロウィーン!


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ケルトでは、夏から冬への節目。太陽の季節が終わり、闇の季節の始まり。1年のこの時期には、この世と霊界との間に目に見えない「門」が開き、この両方の世界の間で自由に行き来が可能となると信じられていました。

一言でいうと、扉が、開くのですね。

そして、(最近はすっかり星を読む時間がなくなってしまって、うっかりしてましたけれど)本日、今月二回目の新月だそうで。

新月も、私の中では、開いた扉のイメージです。
こちらとあちらの境界が薄くなって、だから、願い事が届きやすくなるのかもしれません。…と勝手に思っております。
(逆に、満月は閉じているイメージ。こちらとあちらは繋がっていなくて、「こちら側でしっかり何かをやる=現実世界の充実」という感じです)

で、月に二度ある満月をブルームーンと呼ぶのに対し、ひと月に二度目の新月はブラックムーンと呼び、その力もより強力なのだとか。

今日、さそり座で起こった新月は、冥王星の力を帯びています。

冥王星といえば、破壊と再生の星ですね。

それが、奇しくもハロウィーン(扉)と重なるなんてなんとも、深いではないですか。

このタイミングに合わせて、私は京都へ導かれました。
ここ何か月かずっと「京都に行かなきゃなー」と思いつつ、子供の行事などでタイミングが合わず、「いけるとしたら年末年始かなー、でも、出かける時間あるかなー」と気楽に考えていたところ・・・

金曜日に、ごく些細なことで夫婦げんか勃発。→家出したい→でも、土曜日は子供の習い事がなー→土曜の朝、旦那出かけない(子供の習い事と同じスポーツジム)→あれ? ひょっとして、ジム、全館お休みだった?→行けるじゃん!

みたいな流れで、土曜日の朝、急遽京都へ向かうこととなりました。子どももびっくりしてましたが、私もびっくりです。

今になって考えると、この京都旅行、私の中では、自分の一部分を向こう側の世界から取り戻す&ゲートのメンテナンスという位置づけでしたので、切替感満載のこのタイミングがベストだったのだなと、わかるのですが…。

…でも、考えてみれば、こういうタイミングの作り方って、ひどいっす。

(あの喧嘩がなければ、いつも通りの週末であったであろうが)

と、こう言われると、多少強引でなければ腰を上げなかったってのはあるのですけれど。

それでも、時々上は、こっちの都合など考えずに強引にやってくれます。アリガトウ!←


まくらめ


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五月末に娘がバザーでマクラメブレスレットを買ったのですが、これに私、ひどく反応しました。
こういうの、いいなーと思いつつ、7月ごろより資料を集め始め、9月に材料を購入。

夏からずっと、週末は忙しかったこともあって、やる気が奮い立たずにおりましたが、日常生活にあちこち支障がで始めたので、重い腰をあげました。
(水星逆行のせいと思っていたけれど、逆行期間が終わっても続いていたのは、今から思えば、こういうことだったのだと…w)

で、試作。

特に目的もなく編んでいくと、チョーカーになりました!
しかし、私の首には短いので、娘用。

「編む」とは言っておりますが――やってみてわかりましたが、これ、糸と糸を絡めたり結んだりするのです。

先日の映画鑑賞で出てきた「結び」というメッセージは、この時初めて出たものではなく、実は五月からずっとあったものだったのだと、判明。←遅い…

そりゃ、いつまでたっても始まらないから、上も起こるわな。ふはははは

どこかの講習に行った方がいいのではと、問うてみましたが、時間もないし、その必要はないとのこと。
今のところ、そこまでの技術はいらないようです。
そんなんで買って下さる方がいるのかわかりませんが。

で、スピ的にどんなものができるかといえば・・・

ゴムで石を繋いだブレスレットがカテゴリー別にフォルダを作成してあるUSBなら、こちらはアプリケーションソフトのようです。
あらかじめ用途が決まっていて、そのためのプログラムが組み込んである。
私的には、パッケージソフトみたいな感じで売れれば、と思ったのですが、それだと意味がないのだとか。

編んだ方の念というか、気持ちというかが、すごくこもりそう。
それを身に着けるのだと想像すると、誰がどんな気持ちでその作品を作ったか、というのがわからないと、ちょっと怖いかな。

なので、基本、受注生産です。
身につける方を想い、石を選び、その意図(糸)を、編みこんでいくのです。

とりあえず、モニターさんを募ろうかしら。


ショートトリップ


先週からか、いや、もっと前からか、京都へ行く前に、先に行っておくべきところがあるような気がしていました。
自分自身の属性が「水」のせいか、水に関するところ。(で、近いところw)

そして、ようやく何も予定がない日が到来。

朝起きて、今日だと、思いました。
とはいえ、一人で行くわけにはいきません。
黙って行くとあとが面倒なので、一応声をかけましたら、みんなで行くことに。
選択などを済ませ、準備をし、お昼前に出発。
曇り空で肌寒いです。
前日が本当に良い秋晴れだったので、(ほんとに、今日で良かったのか)と疑問に思いつつ、車を走らせます。

昼食のために立ち寄ったテラスモール。
ポツン、ポツンと雨。
洗濯物出しっぱなしで、ちょっと気になって、上に聞いたら洗濯物は問題ないとのことなので、安心して食事へ。
ほんとに、雨粒といっていいほどの雨でしたが、これが禊となっていたようです。

で、ゆっくり食事して、江の島へ向かう頃には、すっかり秋晴れになっていました。ちょっと暑いので、窓を閉めてクーラーにします。
目的地が近くなってくるとともに渋滞になってきましたが、息子がお昼寝になったので、特に急ぐ必要もないし。
と、のんびりハンドルを握っていると、江の島の直前で、なんと、鳥の糞が降ってきました!

ひいいいい!!

窓締めといて、よかったです。

駐車場に車を停めたところで息子のお昼寝も終了。
江の島神社へ向かいます。

なんだか、すごい人。
…しらべてみたら、ポケモンG○ の良いスポットらしいですね。
階段を上るころには、減ってきましたが。

でも。

うわさには聞いていたけれど、まあ、いい運動です。
さらに2歳児が負荷をかけてくれます。

で、神社。

参拝前に茅の輪があったので、そこで穢れを払いおとしました。
面白いです、これ。
なんか、クリーンルームに入る前のエアシャワーみたい。

神社には、とくに何も感じませんでしたねー。
神無月のせいなのか、感度が鈍ってるのか、そもそも、チャンネルが違うからなのか……とりあえず形式通りに参拝しました。
呼ばれたと思ったのは、間違いだったのかと首をひねりつつ、せっかく来たので島内を散策です。
つぎ、いつ来るかわからないしね。

狭い参道の両脇のお店を見ていると、田舎の海辺の町に観光に来たよな錯覚にとらわれます。
島の高いところから景色を眺めたり。
富士山は曇っていて見えませんでしたが、そうこうしているうちに公共放送的な夕方の音楽が流れ、秋の夕暮感が高まってまいります。

娘が洞窟があるよというので向かうけれど、途中の看板で5時までと書いてあったため、半ばあきらめておりました。さっき、音楽が流れたし、もうとっくに5時は過ぎているものと……。
せっかく洞窟に嬉々として向かっている旦那に、引き返そうなどと、言えるはずもなく。
タイミングがあれば引き返そうと提案しようと思いつつ、後をついていきます。

急な階段を13kgのうにょうにょする負荷を抱えつつ。
(こんなときにかぎって息子は旦那のだっこを嫌がるのです)

さきさき進む旦那。
それに軽やかに続く娘。

ぴちぴち跳ねるマグロ…息子を抱え、よたよたついていく私。
「早くいって早く帰ろうよ」と急かされても、もう、そっちに行く理由はないのよぅ・・・
と思っていたら、おもむろに旦那が、「早くしないと、もうこんな時間だよ」と時計を見せまして。

そしたら、16時44分前後だったじゃないですか!
急げば、間に合うじゃないですか。

てことで、大急ぎで島の最深部へまいります。
途中、海に面したところでは、夕日を楽しみましたが。

どうやら、目的地はこの先の洞窟のようです。

入り口には堂々と「パワースポット」と書かれています。
こういうところ、いつもは胡散臭いと思ってしまいますが、中に入ってみると、なかなか。

入って突き当たったところは、水と風のさわやかな感じがします。
奥に行くにしたがって、大地のエネルギーが。

途中から明かり用の火を手に持って進むのですが、こういうところ、良くできてます。
火がなくても照明はあるんですけれど、パワースポットとしては、これが必要。

そして、最深部、地と水とのエネルギーが待ち構えています。
そこに、火と風を人が運んでくる。
で、私は、ここでブツを受け取り、次のところへ運ぶようです。

洞窟から出ると、先ほどまでは全然どこにあるのかさえ分からなかった、富士山が出迎えてくれました。

奥にもう一つ洞窟があるのですが、それはそれで楽しいところでした。

駐車場の精算が終わったのは、5:55。
私に、変化が訪れるのか、あるいは、別のところで変化が促されたのか。

なんとも、濃い一日でした。

後から調べてみましたら、この日の日の入りは17:04。
さらに、大潮で、満潮は17:20。
月の出は17:22。
ちなみに、満月はこの日の13:23。

出だしからもたもたしていたのは、月と水のエネルギーが最高になるこのタイミングを待っていたからかもしれませんね。


押された先は…


3連休に、娘が2ヶ月前から行きたいと訴えていた映画を観に連れて行きました。
あんまり、アニメを映画館では見ない(あ、コナンは別)ので、「えー。DVDになったら観ればいいじゃん」と言っていたのですが、交換条件を出していくことになってたんです。

その約束をした9月は、大ヒットしているとのことで、テレビでは連日特集が組まれていましたので、十月でも十分間に合うと踏んでましたが、公開してひと月以上もたつというのに、館内の席は8割がた埋まっていたように思います。

「君の名は。」

中身は、面白かったです。背景もすごくきれい。

ストーリーは意外にスピリチュアルでありました。私はすんなり受け入れられるけど、これ、わかんない人には、わかんないかもしれないね。
それでも、これだけの大ヒットなのだから、それ以外の部分のバランスがすごく取れているのでしょう。

「神社」「結び」「水」

そんなメッセージを受け取りました。 
いや、わかっていたけれど、再度突きつけられた感じ。

延ばし延ばしにしていたら、同僚の女子に「この映画、すごくいいから、ぜひ観てください」と後押しされましたのですが、後から考えれば、これも、上からの圧力の一つだったのでしょうね。

余談ですが、映画の前に圧力をかけられて衝動的に買わされた本。 『成功している人は、なぜ神社に行くのか?』ベストセラーらしいです(←今日知った)

別に、成功したいわけではないのだけれど、「ぐいぐい」そっちに押されています。

行くべき先は、わかってる。 (……でも、遠い……)


ぐいぐい


先日の記事の後日談。

9月の月末より、タイマー予約をしても途中でへそを曲げて止まったり、そもそも、予約時間が来ているのに動き始めないという洗濯機のボイコットで困っておりましたところ、あのおじいさんに会った翌日、何事もなかったかのように、予約通りお洗濯が終了しておりました。

たぶん、言いたいことが伝わったから、ご機嫌が直ったんでしょう。

ほかの天使は良くわかりませんが、とにかくミカは電気製品で主張してくる傾向があるように思います。ので、やっぱり、これは彼が仕組んだことなのだと確信を得ました。
(私の中では彼はほわほわした天使ではなく、ガッチガチのエンジニアです)

んで、しばらくは、洗濯機もご機嫌で回っていたのですけれど、3連休が終わった途端、また、ボイコットが始まりました。
どうやら、この3連休で行ってきてほしかったみたいなのですが、こっちもいろいろ忙しいから無理ですって!

そしたら、ですねー、
案の定・・・ですねー、

次の手を打ってきた。

本屋で、何気なく一冊の本を手にした途端、動悸というか、地震というか、地面が揺れてる感覚というか、とにかく、私の内側がすごく反応したのです。
本を置いてみると、なんでもない。

困りました。
私は密林派ですので、基本、本は衝動的にぽちっとパソコンから購入します。

そのあとの予定の時間も迫ってきているし、どうしようかと迷いながら、本をぱらぱらしていたら、「インターネットって見えない世界をコピーしたように仕組みが似ているのです」という一文が目に飛び込んできました。

はいはい、もう、わかりましたよ。・・・・てな感じで、買わされました。
家に帰って少し読んでみましたら、

「神様だってあなたに頼みたいことがある」

みたいな文面もあるし。

たぶん、半分くらいは役に立つのでしょう。(と、思いたい)

そんなこんなで、後ろからぐいぐい押されています。たぶん、近々、旅に出ます。
もし、待ってもらえるなら、年末年始まで、待ってほしいのだけれど。
|。;)(……実生活も尊重していただきたいところです)


遣い


水星の逆行が終わっても、ずーっとコミュニケーションやタイミングにズレを感じておりました。
もう、順行に戻ってから半月ほど経つのですがね。
そうこうしているうちに新月はきちゃうし、切り替え感は満載なんですが、私自身が順行に戻るタイミングもうまくつかめないまま…

ひょっとしたら、私の中身がなくなっちゃって、もう用無しなのかも、と、思い始めてはいました。

そうしたら、それを否定するかのように不思議なおじさんと話す機会がやってきました。

松果体の…ゴニョゴニョ…を研究しているという方で、しばらく触れることのなかったスピな話を浴びせられまして。

ご本人は、「スピリチュアル」なんて単語一つも口にはなさいませんでしたが、エネルギーが見え、使えるようでした。

人間の方でした、が、多分、私に気付かせるために遣わされたのでしょう。

そっち側から見た地球の現状などお聞きすることができたのは、興味深かったです。
危機感があるのは、変わりません。

徳を積むとポイントシステムみたいに溜まっていって、いっぱい積むと、輪廻の輪に残れるのだそうです。
ポイントが足りないと、霧散しちゃうとのこと。

私から見ると、無残ではなく一つに還るのですが、個が無くなるということは、見る場所が変われば霧散に見えるのかな。

ポイント高い方は残って天国にいると表現されていましたが、こちらは、マスターになるイメージと重なります。
(残るためにはかなりのポイントが必要そうです)
そのポイントが、この方のおっしゃるエネルギーのこと。

そのときビッグサイトにはおそらく数千の人がいたと思いますが、その中でもエネルギーを持っている方は一割あるかないか。
で、ご丁寧に、私にはまだ残ってると伝え、れました。

別に徳を積んでるわけではないですがね、上の人がこの人を遣わされた理由は、これを伝えたかったのでしょうね。

まだ、中身があるんだから、働け、と。

実生活がめちゃめちゃ忙しいのですよ。
それなのに、もっと働けとは…いかにもミカらしい。(くそっ…)
確かに、そっちはそっちのけでしたが、でも、こっちの状況も理解してほしいす。

気になる場所はあるんです。
ひょっとしたら、私の担当なのかもしれませんが、そこに行くには、お金も時間も必要でね。

それがもらえるなら、行くよ!


料金の改定について


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対面セッションの料金を見直しました。

現在は、以前みたいに、場所をキープしてがっつりとこちらメインでやっているわけではなく、手の空いた時のみに行っておりますため、お客様にもご不便をおかけしております。
そのため、料金を見直しまして、以前40%ほどお安くいたしました。

時間が合えば、どうぞ。


イシのこと


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人間界におけるコンピュータシステム(ネットワーク構造?)が、スピリチュアルな世界の構造と似ているというお話を先日いたしましたが、今日は、それに関連して石のお話。
(奇しくも今日は14日 ^^;)


鉱物は記録媒体の働きがあるのですが、それはUSBメモリと似ています。
とはいえ、いろんなものが入りますよ。データやプログラムだけではなく、意識体も。
USBメモリは、読み書きにパソコン等を用いますが、石への読み書きは ”意志”。(こういうところ、日本語って面白いですよね)

CALLさんが、石が私を・・・云々とおっしゃっていましたが、ごろにゃんと簡単にというよりは、石の世界のこういうシステムを知っているからできること、なのかもしれません。
ただ、一つ一つの石はUSBのように無機質な感じではなく、意志のようなものもあって、ニュートラルに戻りにくいものもあります。
あるいは、お客様のところへ行くのに、そのデータなどが必要な場合は、そのままにしてお送りします。

それぞれの石に愛着はありますが、私の手から離れていったものは、「まあ、向こうで役に立ってくれればいいや」という気持ちのことが多いです。あんまり、こっちが気を残して「イシキ」していてもそれはそれで問題アリ、な気がしますしね。


RE-Treat


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出産、育児と忙しかったため、ここ数年スピリチュアルなことから距離を置いており、春からぼちぼち復帰…と考えて、HPなど更新していたのですけれど、数年のブランクに、すっかり置き去りにされてしまったようです。
色々とブームというか、流行というか、そういう、流れみたいなものが、変わっているのかな。
あるいは、私自身が変わったのかもしれません。

復帰とはいえ、こちらでの活動ができるのは、週末(しかも日曜のみ)という制約の中で、どれほどのことができるのかも疑問で。
セミナーもやりたいし、ワークショップもやりたいし、対面セッションも…と、欲張りを考えているのですけれど、二兎を追うもの。。。。で、結局はうまく回ってないのですよね。

今、ここで何をやるべきなのか、立ち止まって考えるべきかなー、と思いました。

ついでに、対面セッションの料金体系なども合わせて見直しをします。

これまでは、おおざっぱに、どんなメニューも同じお値段でやってましたが、メニューごとに差別化したほうがお客様的にもわかりやすいかと思いまして。

そんなわけで、一旦、料金のページは外し、予約可能日を2ヶ月ほどクローズします。(遠隔でのサポートは今まで通り行っております。)

上からは、メッセージ(あるいは、なにかを)を、伝える/話す/教える?…っぽいことを言われているようなのですけれどね。

それを、誰に、どのように、どうやって、すすめていくのか、ちょっと考えてみます。


石とともにお送りするメッセージ(再掲)


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※ この記事は2009年8月20日にUPした記事に少し手を入れて再掲しております。

石やブレスレットをお送りする際に、一緒にスピリチュアルなメッセージをお付けしています。

それは、その石自身のサポートしてくれる範囲や、あるいは、サポート内容に関連するような、高次元からの「メッセージ」の場合もあります。

そして、そのメッセージというのは、考えれば考えるほど、いろいろな解釈が表れてくるようなメッセージだったりする場合もあります。

そんなメッセージの解釈についてですが、
一言でいえば、そのどれも間違っていないと思います。

というのは、お届けするメッセージは、何か一つの状況に対してのメッセージではないからです。

私たち一人ひとりを取り囲んでいる状況は、シンプルなものではないので、そのような状況にある私たちに高次元の存在がくれるメッセージは一言ではありますが、いろんな解釈が可能なのです。

いいかえると、一言でいろいろな場面に役立つと言ってもいいかもしれません。

ですので、お答えとしては、「どの解釈も正しい」と申し上げることしかできません。

状況によっては、最初の解釈が当てはまる場合もあるでしょうし、二つ目の解釈が当てはまる場合もあるでしょう。
あるいは、その両方共が。

その判断は、ご自身のフィルターを通してみないとできないのではないかと思います。

たとえば、あなたが最初にそのメッセージを読んだとき、どんな状況が浮かんで、どう解釈しましたか?

それが、今のあなたに必要な解釈の仕方だと思います。

ある状況で、そのメッセージが思んできたとき、ハートの方から湧きあがってくる「思い」に注意してみてください。

何が正しくて、何が間違っているか・・・
3次元の世界を離れると、それは問題ではありません。
というより、そのような判断は、高次元にはあり得ないのです。
なぜなら、善悪・正誤の判断を行っている部分は、人間の「エゴ」というフィルターの部分だからです。

ですので、高次元からのメッセージを解釈する場合、ご自身が自分の状況に当てはめて、自分でどう思うか感じ取ってみてくださいん。

今、ネット上ではたくさんの高次元からのメッセージが降ろされたりしていますが、本当に高次元の存在からもたらされているメッセージは、いろいろな解釈が可能なメッセージです。

彼らは、一つのメッセージに、たくさんの意味を込めて発信しています。

それは、私たち人間一人ひとりの置かれている状況が、みんな同じではないことや、持っているエゴのフィルターが違うためです。

彼らは、「○○しなさい」などと、ある一つの考えを送りつけてくることはありません。
どちらかというと、あいまいな、どうとでも取れるようなメッセージをくれることがほとんどです。

高次元の存在たちは、あくまでも、私たちの存在や考え方・選択を優先して見守っていてくれているからです。

きちんとしたお答えにはなっていないことはよくわかっています。
でも。私も私の解釈を押しつけることはしたくないのです。

どうぞ、ご自分の感覚を信じられてください。

今は、「それ」があなたにとっての「正解」なのです。


「できる」人


最近、本業の方で小さなネットワークをいじったりすることが多くなってきまして、上の人の意図がここにビシビシ感じられる今日この頃。

娘は夏休みだし、あれやこれやでいろいろと忙しいのですが、その中で思ったことを、ちょっとずつこうしてリリースしていくことが、当面私にできることなのかもしれません。
近い将来には、勉強会みたいな形でやっていけたらと思うのですけれど、需要があれば、の話でね。

もともと、ブロック解除みたいなことでそんなふうにこの領域を触ってたのですが、特にシステム構造みたいなものを意識することなくやってました。
スピリチュアルなワークをやっていらっしゃる多くの方がそうなのではないかと思いますけれど、「できる」ものは「できる」のです。

けれど、特別な人だけが「できる」のではなく、私は、こういうのはパソコンと同じで、ツールや方法を知って(/持って)いれば、誰でもできることなのではないかなーと感じています。

ただ、ツール(アプリ)を持っていても機能が多すぎてどれを使えばいいかもわからなかったり、そもそも使い方が煩雑だったりすると、使いこなせないし、そもそも、使おうとも思わないですよね。(少なくとも私は)
そこが「できる」人と「できない」人の違いなのかなと、近頃思います。


こっちとあっちの構造のお話


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少し前にアップした記事で書こうかなとお伝えしていた次元の構造の話です。

私をサポートしてくれている存在というのは、基本、天使なのですけれど、どう想像してもふわふわたおやかな感じではなく、どちらかというと「バリバリのエンジニア」という感じです。

言うこともサポートの内容も、どちらかというと、手厳しい。
もちろん、やさしい天使も時々は来てはくれますけれど、基本、現在の私の所属が彼の下なので、仕方がないです。

なんとなくですが、数年前に配置が(というか、中身が)変わったからか、これまでやってたこととはまた違ったことをやってかなければならないのだなーと、思っています。

おっと、構造の話でしたね。(←せっつかれた!)
で、以下は、その彼が次元について少し教えてくれたことです。

まず考えなくてはならないのは、お前たちの言う次元と、我々のいう次元は根本的に違うということとだ。
少なくとも、数学や物理で扱う「次元」とは。

お前たちの考える一般的な「次元」は、空間の広がりを軸に考えられている物理的なものだ。
しかしそれは、次元の一面でしかない。
ここでいう次元とは、物事を見るのに起点となる場所のことだとしよう。

我々がここで述べる次元は密度を変えて、層となって重なり合っているものととらえられる。
次元が上がれば、サイズが小さくなって密度が増すようなものだと考えてほしい。

上の次元のものが下の次元を覗き見るのは容易でも、下の次元のものが容易に上の次元を計れないのは、密度が違うからだ。
下の次元からすると上の次元のものは、小さすぎ、確かにそこに存在していても、意識をしないと感知できない。

次元は、大まかに言って、こんな風に重なっている。

良く似た画像を見つけたから参考にしてほしい。これからこの階層図が役にたつだろう。
OSI
・神界
・天使界
・霊界
・生物界
・植物界
・鉱物界
・ベース

こっち側からあっち側を、こっちの言葉で説明するのはいろいろと難しいのですが、まあ、こっち側が理解しやすいようにすると、こんな感じらしいのです。

しかし、「役に立つだろう」・・・って、ほんとに役に立つのかな。
なんとなく、これからはこういうシスアドっぽいことをやってくことになりそうなのですが、さて、何からはじめればいいのやら。


撮影


カメラ

たまたまサプリメントの商品撮影に立ち会う事機会がありました。

イメージカットの撮影だったのですが、1カット撮っては微妙に小物の位置を調整したり、3つ並べたカプセルの位置をずらしたり。
1時間ほどで2ショット(同じ位置で、商品に寄ったものと引いたアングル)というものでした。
職人のこだわりが詰まっているなと思いながら見ていましたが、カメラマンとコーディネーターの方が二人とも女性だったからか、途中で「かわいい~」と歓声が上がることも。

とても、愛情をもって撮影に挑まれておりました。
そんな風にしてとられた写真は、きっといいものに仕上がると思います。

後で話を伺うと、「そうなんですよ、撮っているうちに愛情がわいてくるのですよー」とおっしゃっていました。
そんな風に撮影していると、対象物も、愛情をもってカメラの前に「こう?」と言いつつポーズを取ってくれるのだとか。

あー、石と同じだな、と、思いました。
愛情を持って接すると、相手もそれに応えてくれるのです。

そして、多分、人間同士も、同じ。
ただ、人間は素直にそれを表現できなかったりするだけで。